2010年10月06日
浜松インドネシア協会
9月末に浜松からインドネシア協会の一行がバンドン市との交流を目的に来イされた。
協会の方々とは帰省の際に会合に出させて頂き、1~2時間お会いする程度なので、お名前と顔が一致する方は2~3名しかいないが、在留浜松出身者ということで、私も少しばかりお手伝いさせて頂いた。
ジャカルタでは日本国大使との面談に同行させて頂いた。
大使館前でバスを降りる同郷の方々をお迎えする。
その中の年配の男性が私の名前を聞き、興奮された様子でご自身のお名前を名乗られた。
お会いしたこともない方だが、よくよくお聞きすると、なんと・・・私のジャカルタでの結婚式にまで来てくれた友達のお父様と判明!!
そのお父様も私のことは娘さんから聞いてはいたものの、こういう形で会うとは思ってもおらず、私もご無沙汰してしまっている友達の名前を久しぶりに聞き、不思議な縁を感じた。
大使館前での感動の出会いの後、大使のお話をお聞きしたが、感激されたお父様は自己紹介の際に、私との出会いを話され、大使もその偶然に驚いて、記録用のビデオを回す私を振り返って感心されていた
大使のお話は大変素晴らしく、インドネシアに対する大使の愛情と情熱がひしひしと伝わってきて、インドネシアという国で暮らしていることを誇りに思える内容であった。
同郷の方々に、このようなお話を聞いてもらえたことを、とても嬉しく感じた。
その晩は、私が事務局を勤めるジャカルタ浜松会との夕食懇親会で、前述のお父様に主人と娘を紹介することが出来た。
翌日は自宅を朝4時出発で、協会の方々のバスに乗せてもらい、ジャカルタから2.5時間の西ジャワ州・バンドンへ向かった。
この日はバンドン市・市制200周年ということで、市内では様々な式典や催し物が開催された。
既にバンドン市と姉妹都市提携をしているアメリカ、韓国、ドイツのそれぞれの市から来られた使節団と共に、それらの式典に参加するという機会に恵まれた。
市制200周年式典の様子

式典の合間にインドネシア人のご婦人達に得意の英語で話し掛ける浜松のおじさま

ジャカルタに18年もいるのに今まで入ったことのないアジア・アフリカ会議が開催された会議場では、ミス・バンドン&ミスター・バンドンが笑顔で招待客を迎えてくれた

夜はバンドン市長主催の晩餐会が開かれ、美味しいインドネシア料理のビュッフェと、西ジャワ州の伝統舞踊の数々が催された。
姉妹都市の使節団の方々がそれぞれ挨拶されたが、バンドン市制200周年に対し、ドイツのBraunschweig市は千年以上の歴史がある市ということで、「さすがヨーロッパ!」と感心。。。
私達は、日本らしい格好ということで浴衣で参加し、協会の方々は舞台で「やらまいか音頭」を披露した。
「やらまいか音頭」は、一時、浜松に滞在された小椋佳さんの作詞・作曲の音頭で、重厚な前奏があり、なかなか粋な音頭である。
晩餐会の最後には、西ジャワ州の伝統楽器・アンクルン(竹の楽器)を参加者全員で演奏し、とても盛り上がった。
翌日は、バンドン市内のショッピングモールで、「バンドン‐浜松フェスティバル」が開催され、おにぎり、味噌汁、ワタアメなどを配ったり、バンドン市周辺の恵まれない子供達へ奨学金を授与するセレモニー、やらまいか音頭を披露、又、地元の若者による長崎皿踊りやアンクルン演奏、そしてコスプレや折り紙のデモなどがあった。
三女の作るわたあめに列をなす地元の人達

地元大学生の踊る皿踊りは、若さが漲っていて素晴らしかった!

年齢と体力ではだいぶ負けるが、気力は負けない「浜松やらまいか音頭」

海外の使節団と共にアンクルンの演奏

奨学金授与式・・・皆、利発そうな子供達

最初は数名しかお名前を知らなかった協会の皆さんに同行させて頂き、2日間ではあったが、皆さんに仲良くして頂いて、来年浜松に帰省するのが今からとーっても楽しみになった!
同郷の人って温かみを感じますよね。
皆さん、またジャカルタ・バンドンに来て下さいね~
最後に、バンドンで感動した物を幾つかご紹介します;
大関一升瓶とバティックのコラボ・ランプ

素敵なネックレスが飾られたツリー

ホテルの朝食で食べたサユール・ロントン(ココナッツ・ミルクの入ったスープに蒸米で出来た団子が入っている)
美味しかった~

蒸したタライモとバナナ

協会の方々とは帰省の際に会合に出させて頂き、1~2時間お会いする程度なので、お名前と顔が一致する方は2~3名しかいないが、在留浜松出身者ということで、私も少しばかりお手伝いさせて頂いた。
ジャカルタでは日本国大使との面談に同行させて頂いた。
大使館前でバスを降りる同郷の方々をお迎えする。
その中の年配の男性が私の名前を聞き、興奮された様子でご自身のお名前を名乗られた。
お会いしたこともない方だが、よくよくお聞きすると、なんと・・・私のジャカルタでの結婚式にまで来てくれた友達のお父様と判明!!
そのお父様も私のことは娘さんから聞いてはいたものの、こういう形で会うとは思ってもおらず、私もご無沙汰してしまっている友達の名前を久しぶりに聞き、不思議な縁を感じた。
大使館前での感動の出会いの後、大使のお話をお聞きしたが、感激されたお父様は自己紹介の際に、私との出会いを話され、大使もその偶然に驚いて、記録用のビデオを回す私を振り返って感心されていた

大使のお話は大変素晴らしく、インドネシアに対する大使の愛情と情熱がひしひしと伝わってきて、インドネシアという国で暮らしていることを誇りに思える内容であった。
同郷の方々に、このようなお話を聞いてもらえたことを、とても嬉しく感じた。
その晩は、私が事務局を勤めるジャカルタ浜松会との夕食懇親会で、前述のお父様に主人と娘を紹介することが出来た。
翌日は自宅を朝4時出発で、協会の方々のバスに乗せてもらい、ジャカルタから2.5時間の西ジャワ州・バンドンへ向かった。
この日はバンドン市・市制200周年ということで、市内では様々な式典や催し物が開催された。
既にバンドン市と姉妹都市提携をしているアメリカ、韓国、ドイツのそれぞれの市から来られた使節団と共に、それらの式典に参加するという機会に恵まれた。
市制200周年式典の様子

式典の合間にインドネシア人のご婦人達に得意の英語で話し掛ける浜松のおじさま


ジャカルタに18年もいるのに今まで入ったことのないアジア・アフリカ会議が開催された会議場では、ミス・バンドン&ミスター・バンドンが笑顔で招待客を迎えてくれた

夜はバンドン市長主催の晩餐会が開かれ、美味しいインドネシア料理のビュッフェと、西ジャワ州の伝統舞踊の数々が催された。
姉妹都市の使節団の方々がそれぞれ挨拶されたが、バンドン市制200周年に対し、ドイツのBraunschweig市は千年以上の歴史がある市ということで、「さすがヨーロッパ!」と感心。。。
私達は、日本らしい格好ということで浴衣で参加し、協会の方々は舞台で「やらまいか音頭」を披露した。
「やらまいか音頭」は、一時、浜松に滞在された小椋佳さんの作詞・作曲の音頭で、重厚な前奏があり、なかなか粋な音頭である。
晩餐会の最後には、西ジャワ州の伝統楽器・アンクルン(竹の楽器)を参加者全員で演奏し、とても盛り上がった。
翌日は、バンドン市内のショッピングモールで、「バンドン‐浜松フェスティバル」が開催され、おにぎり、味噌汁、ワタアメなどを配ったり、バンドン市周辺の恵まれない子供達へ奨学金を授与するセレモニー、やらまいか音頭を披露、又、地元の若者による長崎皿踊りやアンクルン演奏、そしてコスプレや折り紙のデモなどがあった。
三女の作るわたあめに列をなす地元の人達

地元大学生の踊る皿踊りは、若さが漲っていて素晴らしかった!

年齢と体力ではだいぶ負けるが、気力は負けない「浜松やらまいか音頭」

海外の使節団と共にアンクルンの演奏

奨学金授与式・・・皆、利発そうな子供達

最初は数名しかお名前を知らなかった協会の皆さんに同行させて頂き、2日間ではあったが、皆さんに仲良くして頂いて、来年浜松に帰省するのが今からとーっても楽しみになった!
同郷の人って温かみを感じますよね。
皆さん、またジャカルタ・バンドンに来て下さいね~

最後に、バンドンで感動した物を幾つかご紹介します;
大関一升瓶とバティックのコラボ・ランプ

素敵なネックレスが飾られたツリー

ホテルの朝食で食べたサユール・ロントン(ココナッツ・ミルクの入ったスープに蒸米で出来た団子が入っている)
美味しかった~


蒸したタライモとバナナ

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この記事へのコメント
はじめまして、ジャカルタに以前暮らしていました。
実は 私も、黄色のラインの同窓生です、渋滞で暮らしにくと住んでいるときは思っていましたが今はとても懐かしいです。モールでは ITC クニンガンなんかは1日過ごせるぐらい好きです。来月ジャカルタに遊びに行こうと思っていますが 旧正月は 2月3,4日ぐらいでそれ以降は ふつうですよね、
実は 私も、黄色のラインの同窓生です、渋滞で暮らしにくと住んでいるときは思っていましたが今はとても懐かしいです。モールでは ITC クニンガンなんかは1日過ごせるぐらい好きです。来月ジャカルタに遊びに行こうと思っていますが 旧正月は 2月3,4日ぐらいでそれ以降は ふつうですよね、
Posted by Ny at 2011年01月24日 23:17
